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東京地方裁判所八王子支部 平成元年(わ)540号 判決

主文

被告人を懲役一年二月に処する。

本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(事実)

被告人は平成元年六月一三日午後五時二五分ころ、業として普通貨物自動車を運転し調布市仙川二丁目二一番先片側二車線道路内側車線を西進中に甲野一郎運転車に割り込まれたという腹立ちから「幅寄せ」を企て、折から車両の交通量も多くまして、自車後方には乙川二郎(三四歳)運転の自動二輪車が追従中とあって、彼此の運転操作が僅かに程度を失するだけでも直ちに甲野車との接触を生じかねず更に第二第三の事故へもつながりかねない「幅寄せ」のごときはこれを差し控えるべき業務上の注意義務があるのにこれに反し、外側車線に復帰走行中の甲野車を追い、同二丁目五番先において自車を間近く隣接させ同車を道路左端に追い詰めつつ時速五、六〇キロメートルで暫く並進した上更にその前方へ廻り込むべく加速して左転把し、もって執拗に「幅寄せ」を続けた過失により、これを振り切って逃れたいという気持ちにかられて増速右転把した甲野車との間に軽い接触を生じてしまい、狼狽して右に急転把し後続の前記乙川車に衝突、同人を対向車線にはねとばした上対進の普通乗用車に衝突させて頭蓋骨骨折等の傷害を負わせ、同日午後六時三分ころ三鷹市新川六丁目在杏林大学病院において脳損傷により死亡させたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(補足)

被告人車と甲野車の接触経緯については、すぐ後ろに追従して終始を目撃している丙川三郎の供述等を主たる根拠に判示の如きものと認められるところ、これをもって弁護人は、被告人車の幅寄せに対しかえって甲野車の方から接触してきたものであって被告人に過失はないという。

しかしもともと、「幅寄せ」は走行中の相手車にことさら接近してその運転者に接触の危惧と不安を抱かせ威圧する狙いで行われ、必然相手方の心理的動揺と恐怖を誘発することになるものであって、自らが僅かにその度を越すだけでも、或は、心理的動揺と不安乃至恐怖に起因するがための僅かな不適切操作を相手方に誘い出すだけでも、直ちに相互の接触を生じかねない重大な危険性をもち、まして間近に他の走行車があるときはその結果が第二第三の重大事故に進展しかねないものであること目に見えている。本件において被告人がしたような執拗な幅寄せにおいてはなおのことである。それゆえ、特に本件の具体的状況の下では被告人は判示のような幅寄せを控えるべき業務上の注意義務を負うものであって、被告人にはその違反がある。また、これに対する甲野車の客観的には危険な増速右転把も被告人の右注意義務違反によって当然に誘発された逃げたいの一心から行われたものと認められる以上、被告人の右違反と甲野車の接触、ひいては本件巻き添え死亡事故との間に因果関係のあることも明らかである。被告人の無過失をいうのはあたらない。

(法令の適用)

刑法二一一条前段、二五条一項、刑訴法一八一条一項本文

よって主文のとおり判決する。

(裁判官 柴田孝夫)

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